「青い目の人形」ってなぁに?
1、「青い目の人形」ってなあに?

今から70年以上前(1927年)に、アメリカの「世界児童親善会」から日本の子どもたちに送られた人形のことです。全部で約12,000体贈られました。その人形は、寝かせると目をつぶったり、お腹を押さえるとママーと泣いたりする金髪の人形だったので、当時の子どもたちはとてもびっくりしたそうです。

2、どうして日本に贈られたの?
 そのころアメリカ人の中に、アメリカにいる日本人をよく思わない人たちがいて、日本とアメリカの仲が悪くなりそうでした。それを心配したのが20年以上日本で生活をしたことのあるシドニー・ルイス・ギューリック博士でした。ギューリック博士は、日本とアメリカが仲良くなるために、「未来の国民である子どもたちがお互いを知って仲良くなることが大切である」と考えました。そこで、他の人たちとも相談して、「日本の子どもたちに人形を贈ろう」とアメリカ全土に呼びかけました。この呼びかけに約260万人の親子が協力したそうです。アメリカの子どもたちの中には、わずかずつお金を出し合ったり、バザーや野外劇などを催してじぶんたちの力でお金を準備したりした子もいたそうです。
 こうして、1927年(昭和2年)に青い目の人形が「友情の人形」として日本に贈られたのです。

3、贈られた「青い目の人形」はどうなったの?
 宮城県に届いた青い目の人形は221体でした。県内の小学校・幼稚園・保育所などに贈られました。
 しかし、ギューリック博士たちの願いも空しく、1941年(昭和16年)に日本はアメリカに戦争をしかけました。そうなると、日本国民みんながアメリカを憎むようにさせられたり、英語やアメリカの音楽も敵の国のものなので禁止されたりしました。1927年に「友情の人形」として日本に贈られた青い目の人形も「憎い敵だ」「許さない」などと攻撃の的になっていきました。そして、かわいい人形たちは、子どもたちの見ている前で、焼かれたり、こわされたりするなど処分されていったのです。ですから、宮城県に贈られた221体の青い目の人形のほとんどがこうして処分されていったものと思われます。
 
4、今、宮城県には「青い目の人形」がいくつあるの?
 今、宮城県で見つかっている青い目の人形は10体です。では、どうして今でも10体の人形が残っているのでしょうか。
それは、この青い目の人形を命がけで守った人たちがいたからなのです。今も広渕保育所に大切に保存されている人形は、お寺の住職の庄司さんが「人形に罪はない」といって隠し、守りぬいてきたものです。他の人形も同じように守り通した人たちがいたから、今も残っているのです。その頃隠されてまだ見つかっていない青い目の人形が、もっとあるかもしれませんよ。

 人形のある所は、
  「村田第四小学校」 「三本木小学校」 「広渕保育所」 「桃生小学校」 「米谷小学校」
  「上沼小学校」 「金山小学校」 「川渡小学校」 「丸森町教育委員会」 「個人(東松島市)」 です。

5、日本全国には、「青い目の人形」がどのくらい残っているの?
 今全国で見つかっている青い目の人形は、328体(2010年3月確認された数)です。この人形一体一体の歴史を調べることは、戦争や平和について考えることにつながります。青い目の人形についてもっと調べてみましょう。

みやぎ「青い目の人形」を調査する会